サン=テグジュペリを知りたくて
まず一体どうしてそこまでして行かねばならなかったのかを書かねばならない。
「星の王子様ミュージアム」が閉園になるのを知ったのは昨年末。
その記事を見て、不思議かつ難解な児童文学「星の王子様」を書いた、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリは、どのような人物であったのか、どんな人生を歩み、どのような思考を持ち、何に影響を受けてあの作品へ辿り着いたのか。
著者の人物像の一端に触れておきたいと思った。
「星の王子様」は、中学、高校時代にパラパラと手に取ったことはあったが、何を伝えたい物語なのか、まるで掴めず、30代にもう一度挑戦してみたものの、それでも何となく、掴めたような掴めないようなそんなあやふやな手ざわりだった。
つまりは、「ナゾ」を解明出来ていない、言い換えれば読みかけの推理小説をずっと小脇に抱えているそんな感じでもあった。
であるからして、行く前に少しでも著者を知るべく、「夜間飛行」、「人間の土地」を読んでみたが、「星の王子様」の印象とまるで違う文面に、なかなか行が進まない有様で、このブログを書く段になって、ようやく全体像がぼんやりしてきたといった具合である。
ではブログにするということはどうなのか?
と聞かれれば、はなはだ怪しく、おこがましい。
読解であるから、著者の意図は別にあるに違いない。
これはもはや自己への挑戦であるように思えてきた。
出発にあたり少しばかりの障害があった。
3月末というのは世間的にも多忙な時期にあたるのは承知の通り。
そんな中、スケジュールを調整するには周囲の理解が必要だった。
思い切って、
「星の王子様ミュージアムに行くから広島を留守にする」
と伝えると、何かの娯楽施設と思われたようで変な顔をされてしまった。
「サン=テグジュペリ ミュージアムに行くのだ」
と言い換えると、不思議なもので横文字には説得力があるらしい。
「よく分からんけど、いってらっしゃい」
となり、こうして、無事に送り出してもらえた。
空を飛んだから見えたもの
「人が何かを成し遂げようとするならば、使命感と責任、規律を守る強さ、そして勇気と覚悟が必要なのだ」
そう言っているように思えた。
サン=テグジュペリは飛行士である。
それはまだ飛行技術が今ほど伴っていない、日中は目視で空を飛ぶような、夜間は目隠しで飛ぶような軟弱な時代。
故障ひとつで墜落し、または山脈の壁にぶつかり、死の危険と隣り合わせの中にいた。
郵便飛行開拓期を描いた小説「夜間飛行」で思ったのは、限界を越えていかなければ新たな世界は見い出せない。
だから規律を守り、自己を鍛えなければならないのだ。
というメッセージがあった。
また、エッセイ集また『人間の土地』では、人間の本質とは何かについても語られており、冒頭の2ページだけでも著者の世界観を伺うことができる素敵なページだ。
特に「砂漠のまん中」のリビア砂漠で墜落・遭難した箇所は、時間を忘れて読み進めてしまうほどの臨場感があり、困難時の心の持ちようと、絶望の中でも希望を失わない姿勢には感服させられた。
また「人間」での人間の本質とは何かでは、
今の混沌とした時代に当てはめることができ、大いに頷くことばかりであった。
これらを散りばめたのが、「星の王子様」なのだと思った。
地上では決して見ることのできない世界を空から眺め、砂漠という小さな一点から、地球という大きな存在を見つめたのではないだろうか。
私が更に年を重ねていき、再読するならば、もっと違うことに気付けるかもしれない。
立ち止まるための場所
ミュージアムは、神奈川県箱根町にあった。

閉園4日前に滑り込むことができたのは非常に幸運だったと思う。
なんせ世界広しといえども、サン=テグジュペリと『星の王子様』をテーマにしたミュージアムは、世界でここだけである。

展示ホールには、波乱に満ちた生涯を展示ホールには、サン=テグジュペリの生涯をたどる写真や手紙などの貴重な資料を見ることができた。

キツネが言う。
「もう一度、バラの花を見にいってごらんよ。
あの花が世のなかに一つしかないことがわかるんだから・・・」
「心で見なくちゃ。ものごとはよく見えないってことさ。
かんじんなことは、目に見えないんだよ」

世界各国で出版されている『星の王子さま』。
国や言葉、時代を越えて世界中で読み継がれ、200を超える国と地域で翻訳され、1億4500万冊以上読まれ続けてきた理由は、おそらくここにある。
それが物語っているのは、慌ただしい日常の中でふと立ち止まり、自分自身の原点を思い出させてくれるものが、この物語に詰まっているからではないだろうか。
旅は登山鉄道から
話は旅冒頭に戻る。
箱根へのルートは、新幹線で名古屋、そこから小田原へと一旦通り過ぎ、小田原駅から箱根湯本駅、そこから強羅駅に行くことにした。
広島からだと三島からのルートが最短なのだが、私の中で裏の勝手口から居間へ上がるようで、気が引けたせいでもある。
何よりも始発駅から終着駅という醍醐味を味わいたかった。
それは登山鉄道。

先程からそわそわしている私がいる。
目の前に箱根登山鉄道があと60秒もしないうちに発車しようとしているのだ。
この列車は私にとっては特別だ。
何故なら箱根登山鉄道といえば、日本屈指の急勾配を登る鉄道だからだ。

終点の強羅駅まで8.9kmを最大傾斜80‰(パーミル)の勾配を登る。
これは1,000m走ると80m登るという驚異的な数字で、ケーブルでもない通常の鉄道からすると、限界ギリギリを攻めていることになるのだ。
動き出すとすぐに傾斜が始まった。
自転車のような速度で山肌に沿ってゆっくり登ってゆく。
正月になるとテレビで目にする箱根の風景は、ここだったのか。と思っているうち、今度は木々の中に入り、細いトンネルを抜け、渓谷を渡って奥へ奥へと分け入った。

ここで高低差445mを登り切るために更に特別な方法を駆使する。
それがスイッチバック方式で、路線図で見ると短距離で高度をかせぐため、ジグザクとつづら折りのような形をしている。
路線図を眺めていると、ジグザグに折り返す線が、まるでウサギの口元を描いたようにも見えてくる。

最初先頭車両だったのが、たちまち後部車両へと変化するのは、万華鏡を見ているような不思議さがあった。
三度のスイッチバックを経たため、到着した時には、最初は先頭だった車両が最後尾になっていた。

光に吸い寄せられて
「彫刻の森美術館」は、「星の王子様ミュージアム」に寄った後だったから、

気付けば夕暮れが近づいていた。
ピカソやヘンリー・ムーアなどの作品を鑑賞しながら道に沿って進んで行く。

私がもし、芸術を語れるほどの教養があれば、この回も少しは格好がつくのだろうが、そういうセンスは1ミリも持ち合わせていないので、作品を眺めながら先へ進むことにした。

突如、円筒形の建物が現れた。
何だろうと吸い込まれるように入ってみると、

ガブリエル・ロワールの幸せを呼ぶシンフォニー彫刻という作品で、鮮やかなるステンドグラスが織りなす世界に、思わず感嘆の声を漏らした。
高所恐怖症だから、よせばいいのに、どうにも興奮が抑えきれない。

螺旋階段を2往復して、ようやく満足した。

光の余韻を胸に、美術館を後にした。

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