③ 香川 Day3|空から眺める瀬戸内海の旅

香川

玉藻城の舟遊び

 高松城跡はその名が示す通り天守が存在しないから、

そんなに時間をかけなくてもよいだろう。

と、思ったのは正直者の隠しようもない本音であった。

 だがしかし、これが非常に浅はかで安易な考えであったことを知るのは、やはり現地に立ってみてからのことである。

 約80年ぶりに見事によみがえった幻の国宝「桜御門」をくぐっただけでも凄かったが、

本丸跡に繋がる鞘橋を渡り、

天守台に登って見えた景色も凄かった。

 高松城は海水を引き込んだ日本の三大水城のひとつに数えられる。

かつては外堀、中堀、内堀の三重の堀であったことが知られており、天守台跡からぐるり見渡してみると、いびつな形をした堀に囲まれ、水の中、迷路の中心に置かれた堅固な造りであることが伺い知れた。

 せっかくの海城である。

かねてから水上から臨んでみる予定だったので、

早速、舟に揺られてみた。

「讃州さぬきは高松さまの城が見えます波の上」と謳われた別名 玉藻城。

天守最上重は福岡県にある小倉城、山口県にある岩国城と同じく、「唐造り」という少し風変わりな姿をしていた。

 さて、お堀の魚の定番といえば鯉やフナだが、さすがは海水を取り込んだ海の城だけのことはある。

鯛が何十匹も舟の周りに付いてきて、エサを投げ込む度に水面にしぶきを立てた。

その様子があまりに愉快であったのだろう。

「わぁ、たのしい」

と純粋な心そのままに声を弾ませた。

娘に、後で「回った場所で楽しかったのはどこ?」と聞いたら

その中の一つに舟の上での体験を挙げていた。

そんな無邪気な姿を見せる一方で、

月見櫓で海を見つめる背中はまるで旅情を感じているかのようでもあり、

何かと色々発見出来た濃厚な2時間であった。

次来た時には市民悲願の復元された天守がありますよう。

うどん県の底力

 うどん県がうどん県たる理由の一つに気候、土地柄がある。

今回、西から東へ移動中にため池を多く見かけた。

衛星画像から見ても、大地に無数の小窓を開けた姿をはっきり見て取れることから、昔から水に苦労してきたことが分かる。

ため池は降水量が少ない瀬戸内海気候をどう立ち振る舞い生きていくかという、いわば先人たちの知恵と苦労の証だ。

その環境を逆手に取り県を挙げてまで食の財産に持っていくあたり、太く硬い根性骨には頭が下がる。

 では、どうしてうどん県と呼ばれるようになったのか。

これらが下記に書かれてあったので以下引用する。

 干ばつの多い瀬戸内地方では、裏作の小麦をいかにおいしく食べるかが工夫されていました。

古くから良質の小麦、塩、醤油、そして地元ではイリコと呼ばれる煮干しなどが讃岐国(現在の香川県)の特産品であり、うどん作りに必要な材料を容易に入手できました。また、良質な小麦粉も多く生産されるようになりました。

併せて手打の技術の発展というものがあり、 今日、讃岐うどんが日本一と評されるようになったのです。

手打ちうどん 源内」のHPとWikipediaより

 香川県に入って最初に食べたのは、初日に行った雲辺寺ロープウェイ山麓駅付近にあった「お食事処 雲辺亭」。

早朝出発ということで、車の中でおにぎり2つしか食べてなく腹ペコだった私は、手打ちうどん大盛りを注文してから、ひっくり返りそうになった。

トンと置かれてその量に絶句したというか、店主の予想を上回るうどん愛に危うく丼の中で溺れそうになったからだ。

 次に食べたのが、2日目に金毘羅詣りの後に食べた「こんぴらうどん 参道店」。

築百数十年の登録文化財の外観そのままに、入れば懐かしい雰囲気の中、

讃岐の味に心底ほだされた娘は「おいしい」を連呼していた。

ふと気付けば、ここは6年前息子と行った店であった。

そして通された席も同じ場所であったことに縁を感じずにはいられなかった。

 2軒とも箸でうどんをすくった重みと、普段味わえない麺の弾力は、今、香川に居ることを実感するには十分過ぎる程で、思わずこの味をお裾分けしたい気持ちになり、土産に箱ごと買ってしまったのは、自分で言うのもおかしいが、仕方のないことだと言ってしまえば仕方のないことであった。

 3日目は高松城の後に寄った市内にある創業70年の骨付鳥「一鶴」。

骨付鳥も今や香川県を代表する料理である。

これは独自のスパイスで味付けし300度以上の釜で蒸し焼きにしたもので、

硬めの親鳥と、

柔らかいひなどりの2種類から選ぶことが出来た。

店主が骨付鳥を考案したきっかけは、ハリウッド映画で女性が大きな骨付きフライドチキンにかぶりつくシーンを見て、

「あんな贅沢な食べ物を店でも出したい」

と試行錯誤の末、約70年前に考案し提供したことが始まりだそう。

ともあれ、お腹も満ち足りて向かう先は最後の目的地「栗林公園」。

一歩一景

 特別名勝とは、日本にとって芸術上また観賞上価値の高い名勝の中でも、特に価値の高いものとされる景観のことで、

栗林公園は全国で36しかない特別名勝に数えられている。

 ところで、これは書かなきゃ読み手には分からないことだろうが、我慢が出来そうにないし、恥を掻かないと覚えないたちだから敢えて書こうと思う。

無学でめでたい私は当初、広島で活躍する投手の名前に引っ張られ「くりばやし公園」と読んでいた。

正しくは、音読みの「りつりん」が正解。

馴染のない響きから、旅から帰ってきてからも、漢字を前に喉の奥から、なかなか口から出てこなかったのには自分でも苦笑した。

 私の恥の上塗りはさておき、約400年の歴史を誇る回遊式大名庭園は思った以上に広かった。

広くはあったが、角を曲がり、橋を渡り、木々をくぐる度に、曲線であるがために見えない所が多く、一歩ごとに姿を変えてゆく景色に、その先はどう展開するのだろうかと好奇心を大いにそそられ、広さに加え旅の3日目であることを忘れさせた。

 それでも、娘にとっては庭園なんてジジ臭く、すぐに飽きるのではなかろうか・・・

と危惧されたが、なんのそれは親の取り越し苦労。

美しいに老いも若きもない。

紫雲山を背景に、6つの池と13の築山、見事に手入れされた松の間を、

義経の八艘飛びが如く駆けまわっていた。


 栗林公園を出た後は、彼女にとってこっちが正真正銘の公園である峰山公園へ。

Tシャツがずぶ濡れになるまで遊んだところで、短くも濃い2泊3日の香川の旅は無事に終了した。

また旅に出たくなる

 「多島海」という言葉が、すっかり私のお気に入りとなってしまった。

何度も使いたくなる気持ちを抑えに抑え、書いては削除するを繰り返した。

イントネーションが高低を繰り返す響きが素敵で、それぞれに置いた音符が、島の一つ一つの形を表しているように思えたからだ。

お陰で言葉自体の意味も、全体を分けた幾片の景色から学ぶことが出来た。

また、海だけでなく、讃岐の平野も特徴ある姿をしていた。

平面上に所々ぽこぽこ突き出た小山を置いた目鼻立ちが良い地形の奥には、濃い青色の讃岐山脈が横に展開し、まさに自然の傑作というべき一枚の壁画。

これらを通し、それまで別々に思えた瀬戸内の風景が渾然一体となったのは自分でも驚きであった。

 だからつい期待してしまう。

旅の前と後で見え方が大きく異なるのは、地球を歩いた発見量の違いなのだろう。

 「旅から帰ってきたらまた旅に出たくなるねぇ」

帰宅後に娘が私の洩らした言葉を拾って真似をした。

確かに。と自分の言葉に頷いてみたものの、それがひどくこましゃくれていたから、思わず声を立てて笑ってしまった。

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