いざ、小豆島へ
旅先が小豆島に決まったのは3月も2週目に差し掛かった頃で、実際に出発したのは3月末の土日であったから、いかに今回の旅が慌ただしいものであったかを物語っている。
2月の段階で、
「せっかくの春休みだからどこか行くぞ」
とは伝えていたものの、娘としては、旅行は車に乗ったり列車に乗ったり、じっとしておくことが嫌だからと、いかにも小学生低学年らしい理由で、行かないと頑として譲らなかった。
そんなことがあって、私としてはもう春の旅はないかなと諦めかけていた。
が、何を思ったか、急に行きたい!と言い出した。
前回の旅の時もそうであったように、私がいない間、女同士、テレビで旅特集を見ているうち気が変わったらしい。
どうやら、というよりか、ようやく、旅は行く動機がないと行けないものだと娘も気付いたのかもしれない。
しかし、降って沸いたような話である。
行き先は決まっていないし、気ぜわしい年度末ということもあったので、場所は自然と1泊2日で行ける近辺に絞られた。
こうなれば決定権は娘にある。
娘にも分かるようネットから引っ張ってきた情報と写真をテーブルに広げ、緊急会議的な格好で、最終決定したのが瀬戸内海に浮かぶ小豆島なのだ。
娘の決め手は「海」であった。
小豆島ならではの潮の満ち引きが描き出す幻想的な一枚の写真の風景に、娘はすっかり心を奪われ、
「あっ、ここがいい!」
と、一目惚れといった具合に即決してしまった。

その小豆島。
私も同じ瀬戸内海に暮らしながら、どこか憧れを抱き続けてきた場所だった。
決して遠い訳ではないのだが、広島から新岡山港まで車で約2時間30分。さらにフェリーで約1時間10分と、思っていた以上に時間が掛かる。
だからこそ、「近くまで来たついでに寄った」とはなかなか言えない。
小豆島へ行くには、最初からそこを目的地に定める必要があるのだ。
それだけに、私にとっては長い間、特別な存在であり続けていた。
そんな小豆島への旅が実現したのは、やはり娘の一言に尽きる。
そして私自身にも、もう一つ小豆島へ向かう理由があった。
私たちの頭の中には、旅をするたび少しずつ色付いていく日本地図がある。
訪れた場所だけが塗られた、まだら模様の地図だ。
その中で長らく白いまま残っていたのが小豆島だった。
今回の旅は、その空白にようやく色を塗りに行く旅でもある。
さて、そうこう慌ただしくしているうちに出発日となった。

娘にとって移動時間は退屈に過ごすのは仕方ないなと覚悟をしていた。
ところが、その心配はあっさり吹き飛ぶことになる。
フェリーの船内にはまるで小さな遊び場のようで、

滑り台や、

ブランコがあったりと、退屈という文字を忘れさせるには十分であった。

娘が遊びに夢中になっている間にも、船は着実に海を進んでゆき、
そしていつの間にか、小豆島の玄関口、土庄港が目の前に姿を現していた。
分からないから面白い
相方は巨岩、巨石に出合うと、佇んでじっと眺めていることがある。
岩といってもただの岩ではなく、2つが微妙なバランスで重ねてあったり、形に奇抜な特徴があったりと確かに目を引くものばかりだ。
しかしながら、私的にはそこまで琴線に触れる程の魅力を感じることはないので、前回同じ質問したことを忘れ、何が面白いのかと、その都度聞くのである。
相方はいい加減、私が腑に落ちないものだから、どうしてこの素晴らしさが分からないのかと、初めから説明し出す。
ところが、生徒が聞く耳を持たないせいか、言っても伝わらないと思うのか、毎回尻切れトンボになり、いつしか話題が別のものになっている。
おそらく察するに、
長い時間をかけ岩ができた経過、その場所に岩が存在する理由など、単に目の前にあるのではなく、奥深いものが潜んでいるんだというのを感じ取っているらしい。(多分)
であるから、岩好きにとって、島に着いたならばまずは西側にある「小瀬の重岩」に行くことは決定事項であった。

長い階段を上っていくにつれ、

眼下に周囲の島々が広がってきた。
後に寒霞渓から望める鷹取展望台、大観峰展望台など、遠方から望める場所には寄ったが、間近に島々を見渡せるのは、2日間を通し、ここを置いて他には見つけられなかったので、

まさに岩好きが高じて出合えた場所となる。
少々足場が悪い所もあったが、駐車場から約15分。

どうしてこんな山の上にポツンとあるのかと思われる場所に重岩はあった。
見ると聞くとは大違い。
パンフレットの写真では伝わらない立体感と重厚感があった。

小豆島は大阪城を築く際、石垣を切り出した島として有名なのだが、聞くところによると、この岩が果たして人工的なものなのか、自然にできたものかは定かではないらしい。

だが、分からないからこそ面白い。
少なくとも相方はそう感じているようだった。
相方にとっては、謎めいた方が魅力は増すようである。
果たして彼女の目には、この岩はどのように映っていたのだろうか。
オリーブに染まる島
小豆島の形は西に向いた牛や犬のようだと例えられるらしいが、最初にGoogleマップで見た時、私は猫に似ているなと思った。
一度そう思ってしまうと、もう猫以外には見えなくなるのが人間の性というものだ。
猫の口元辺りに、土渕(どふち)海峡があるのだが、

ここは世界一狭い海峡(最小で9.93M)としてギネスブックに認定されいる。
つまり、小豆島は一見、ひとつの島に見えるが、実は「本島」と「前島」の2つでできているというのを、私はここへ来る直前まで知らなかった。
さて、小豆島といえばオリーブである。
実際に島を走ってみて驚いた。
至る所でオリーブの木を目にするのだ。
畑は勿論、道路脇にも植えられ、終いには街路樹にまでオリーブが使われている。
島全体がオリーブに彩られていると言っても、決して大げさではないだろう。
であるから、まずは上陸記念を関連の料理で胃袋を満たしたいと、

「井上誠耕園 忠左衛門」でランチをすることにした。

テーブ席からオリーブ畑を眺めていると、程なくして店員さんが注文したものを運んでくれたのだが、ここに粋なサービスがあった。

目の前で料理にオリーブオイルを垂らしてくれたのである。
「後は好みの量でどうぞ」
と言われ、

普段オリーブオイルを垂らすことなどしたことのない私たちは、ここぞとばかり、ふんだんに掛けまくった。

では、小豆島はどうしてオリーブが定着したのであろうか。
調べてみると、意外にも小豆島とオリーブの歴史は古かった。
1908年、香川県が国のオリーブ栽培試験地に選ばれたことをきっかけに、小豆島で本格的な栽培が始まった。
その後、地元の人々の努力によって栽培は広がり、小豆島は日本のオリーブ栽培発祥の地となったのだという。
温暖で雨の少ない瀬戸内の気候はオリーブ栽培に適しており、現在でも小豆島は国内最大級の生産地として知られている。

また、オリーブオイルにはオレイン酸が豊富に含まれており、健康に良い油として知られている。
地中海沿岸で親しまれてきた理由も、こうした特徴にあるのだろう。

新漬けのオリーブの実は、噛むとやわらかく旨みとコクがあり、これまで抱いていたオリーブの印象を良い意味で裏切るものであった。
更に、せっかくオリーブの島へ来たのだからと、

珍しがり屋は、寒摘みオリーブ茶にも手を伸ばしてみた。
苦味の奥にまろやかさがあって、これは、小さい頃からどくだみ草茶に慣れ親しんできた私にとって、まさにドストライクの味であった。
さらに、舌の上をすっと滑るようななめらかな口当たりは、いかにもオリーブ茶らしい個性を感じさせた。
その余韻を楽しみながら、車は再び走り出す。
海岸線を離れ、次第に山の奥へと向かっていった。
1300万年の風景
旅する前、車で小豆島まで渡ってきた以上、寒霞渓(かんかけい)もロープウェイに頼らず楽しめるのではないかと思っていた。
しかし、それは現地を知らない者の浅はかな考えで、地図上で山頂への道筋を辿っていくうちに、どう考えても、渓谷そのものは車道から見られそうにないことに気付いたのだ。
こうなればロープウェイ一択である。

やはり、寒霞渓の魅力は文字通り渓谷そのものにあった。
約1300万年前の火山活動によって生まれた岩石が、

長い年月をかけて風雨に削られ、切り立った断崖や奇岩群をつくり出している。

さすがは、日本三大渓谷美の一つと称されるだけはある。
眼前に広がる景色は圧巻の一言であった。

ロープウェイは、大地に刻んだ悠久の時の中をゆっくりと進んでいく。

瀬戸内海を見下ろす山頂には、春を告げる涼やかな風が流れていた。
展望台からは穏やかな海が広がり、その先には四国の山並みがかすかに浮かんでいる。
ただ惜しむべくは、この日の午後は晴れてはいたものの、薄っすらと靄が掛かっており、遠景がはっきりしていなかったことであった。
もっとも、その霞んだ風景こそが春の瀬戸内海らしさなのだろう。
遠くの山々は輪郭を曖昧にしながらも、どこか優しく春霞の中へ溶け込んでいた。

こんなに素晴らしい景観を前にして、すぐ引き返すのはあまりにも勿体ないと、かわら投げに興じた後は、

影絵の写真を撮ったりしながら、思い思いの時間を過ごした。

そして帰りのロープウェイに乗り込むその瞬間まで景色を目に焼き付けたのである。
天使の気まぐれ
旅で大事なことは、ルートづくりである。
言わずとも1日に行動できる範囲は、限られているからだ。
目的地と滞在時間、次の目的地までの移動時間などを総合して、旅前に青写真を描いていくのだが、初日の行程は大いに悩んだ。
当初は重ね岩があった島の西側中心を1日目、寒霞渓のある島の東側を2日目と分ける案であったが、
どうも計算が合わないのである。
その計算とは、娘が「あっ、ここがいい!」と、一目ぼれした場所であるエンジェルロードの存在だ。
だから、15時半過ぎには再び島の西側に急ぎ戻ってきた理由は実に明確である。
エンジェルロードはご存知、干潮の時に現れる砂州の道で、別名を天使の散歩道とも呼び、満潮になれば消えてしまう。
この日の干潮は12時7分から18時7分。
せっかく訪れるのだから、砂の道が最も美しく見える頃合いを狙ってやって来たのだ。

海を見ると子どもは急に忙しくなる。
中余島まで駆けたと思ったら、

今度は何やら収集を始めている。
「そろそろ行くよ」
と呼び掛けても、一向にその場を離れようとしない。

かれこれ1時間経った頃であろうか。

さっきまで当たり前のように足元に広がっていた砂浜が、少しずつ海へ飲み込まれ始めた。
このことが娘にとっては衝撃的であったらしく、

まさにこの瞬間を感情まで記念に収めてくれと、わざわざリクエストされた位だ。

しかし、これこそが、この場所の魅力なのだろう。
いつ訪れても渡れる訳ではない。
まるで天使の気まぐれのように、砂の橋は姿を現しては海へと消えていく。

名前も知らない旅人
天空ホテル海廬(かいろ)からの眺望は格別であった。
ロビーからも客室からも瀬戸内海が広がり、島へ来たことを実感させてくれる。

だが、もっと素晴らしかったのは露天風呂だ。
エンジェルロードが真正面に見えるよう設計されており、夕陽に染まる姿と、翌朝の朝焼けに包まれる姿、さらには、潮の満ち引きによって道が徐々に消えてゆく姿や、再び現れてゆく姿まで、そのすべてを湯に浸かりながら眺めることができた。
静かで至福の時間ではあったが、もっとも、相方と娘は女風呂で別行動。
何だか一人で景色を持て余しているような気がしていた。
そこに、中年の男性が湯舟に入って来たのである。
これは私の特技の一つなのだが、初めての方でも話しかけたら応えてくれそうな人かそうでないかが一瞬で分かる。
間合いというか、周波数というか、私と多分同じリズム感を持っている・・・
というのが、肌感覚で分かるのだ。
少し勇気を出すと、思った通りのとても陽気な方ですぐに打ち解け合えた。
露天風呂で仲良くなったのは神奈川県からやってきた方であった。
明日は高松で家族と合流しうどん三昧を楽しむとの話で、小豆島には一足早く単身でやってきているとのことであった。
歴史好きな方で、前日の岡山城に寄った話から、今まで訪ねた城の話にまで及び、危うくのぼせそうであった。
互いの名前も知らない。
それでも旅先の温泉では、何故か自然と会話が生まれる。
旅の温泉の醍醐味はこういった見知らぬ方との交流にある。





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