見えない富士を追って
3日目の朝は、三島から御殿場に向かう。
御殿場線は新幹線の停まる三島駅を経由しているとばかり思っていたが、実際はそうではなかった。
一旦、東海道本線で沼津へ行き、そこから乗り換えなければならない。
以前は、国府津駅から箱根を避けるように御殿場へ向かったが、今回は箱根を越えて南からゆく。
どうして目的地がここなのかというと、息子にも見せてやりたいと思ったのと、私自身にも、どうしても果たしたい思いがあった。
だが、

満開の桜の向こうには、、重たい雲が11年前と同様に隠してしまっている。
富士山 樹空の森のスタッフさんも、夕方に見えるかもしれませんと、と話してくれたものの、ぼんやり過ごす訳にもいかないので、淡い期待を抱きつつ温泉に浸かり、

伝統料理 「御殿場みくりやそば」を食してから、出発することにした。
私はやはり心のどこかに諦められない気持ちがあったらしい。
タクシーの女性運転手に聞いてみると、地元の方であったらしく、朝は見えることが多くても、すぐに隠れてしまうとあった。
「一番よく見えるのはいつかですか?」
と尋ねると夏だと言う。
「では今まで一番綺麗だなぁと思った富士はどんな瞬間でしたか?」
と続けざまに聞いてみた。
すると、後部座席からでも分かるように目を細めたような口調で、
「それは初冠雪。 前日まで夏の荒々しい青黒かった姿が、朝起きてみれば装いも新たに白粉を塗った姿はそれは見事で、胸が震えるようでした」
感動を肌で感じた人の言葉は飾り気が一切ない。
だから私もまだ見ていないのに、まるで観たような気持になった。
タクシーが着いたのは、

駒門風穴(こまかどかざあな)。
ここには富士山の爆発の痕跡が荒々しく残されており、

総延長は409mと富士山麓では最大級の規模を誇る。

たまには日常から離れ、時空をくぐる探検もいいものだ。

溶岩台地を踏みしめながら、

最寄りの富士岡駅へ向かった。
旅が交わる町
再び三島に戻ってきた。
ここから新幹線に乗って広島に帰るのだ。
しかしまだ帰るには日が高い。
それには、11年前の教訓を活かせたのが大きい。
前回、樹空の森からバス、電車を乗り継いだ関係上、待ち時間が非常に長く、大変なロスをしてしまった。
そこで、少々値は張るが駒門風穴までタクシーを使用し、時間を短縮することに成功したのだ。
私にしては機転が利いたものだと思う。
そこで生まれた時間で向かった先が、

三嶋大社。
そもそも三島は、三嶋大社の門前町として、また東海道五十三次の11番目の宿場町として古くから栄えた。
地図や路線図で見るとよく分かるのだが、今でも伊豆・富士・箱根の起点となる交通の要所だ。

三嶋大社公式サイトによると、

大山祇命[おおやまつみのみこと]、
積羽八重事代主神[つみはやえことしろぬしのかみ]、
御二柱の神を総じて三嶋大明神[みしまだいみょうじん]と称しています。
大山祇命は山森農産の守護神、また事代主神は俗に恵比須様とも称され、
福徳の神として商・工・漁業者の厚い崇敬をうけます。
と紹介されている。
句碑が残っており、松尾芭蕉も訪れている。
もっと古くは、源頼朝も政子と一緒に来ており、境内の案内板には、

治承4年5月に頼朝が平家追討の心願を込めて百日の日参をした折、腰を掛けて休息したと伝えられる
と書かれてあった。
古来、街道の要所となる場所は、ここを通過、目的地にしなければ辿り着けない場所のことだ。
おおよそ現在でも都市と言われる所はこれに該当する。
そこに人が集まり、物流が生まれ、やがて歴史と経済が築かれていく。
待ち続けた景色
三嶋大社から駅へと向かう道沿いに川が流れていて、名は桜川といった。

その川に足を浸けている子どもたちが遠くから見えた。
この光景は、たちまち私を懐かしい世界へ引き戻した。
同時に羨ましいと思った。
それは、私が暮らす町では、もう見られなくなった光景だったからだ。

都市で流れる水が綺麗な理由は大抵、山麓が近いか湧水があるかなのだが、すぐ傍にあった白滝公園では、

富士山の雪解け水が澄んだ音を立てながら流れ、市民の憩いの場となっていた。

私がもう一つ羨ましいと思ったのは、三島市のホームページに、(以下、抜粋)
三島市で使用される水道水は、すべて地下水を源としていると書かれていたことだ。
その理由として、
今から約1万年前の富士山の噴火によって、約30kmに渡る三島溶岩流と呼ばれる水を良くとおす地層がつくられました。
その地層の影響で、上流域でふった雨や雪が、地下にしみ込み、溶岩流の中をゆっくりと移動して、下流の三島駅周辺の三島湧水群や、さらに下流の柿田川で湧き出しています。

まさに自然の恩恵。
なるほど、昔から人を惹き付ける訳である。
ここ三島は、太宰治、司馬遼太郎など文豪たちの作品にも登場する湧水の街であった。
ところで、その富士山。

ようやく、最後の最後に、

その頂だけを静かに見せてくれた。
先に続く道
今回の旅を振り返ると、そのテーマは「道」だったように思う。
サン=テグジュペリから教わったのは、「point of no return(帰還不能点)」そこを過ぎると元の場所に戻れない。
けれど覚悟を決めたならば、先へ進まなければならないという道。
そして、登山鉄道に、旧東海道といった箱根越えの道では、火山という地形に、人はどう向き合い、どう越えてきたのか。などを、少しばかり味わうことができた。
どれも自然と人との関わりから生まれた道だった。
こういう目に見えて観えない道に触れていくのが今回の旅だったように思う。
いやいや、知ったつもりでも、まだまだ知らぬことだらけだ。
あの角を曲がった先、丘を越えた先、山を越えた先には、一体何が待っているのだろうか。
その先を見たい、知りたいという好奇心は、これからも尽きることはない。
こうして、小田原から箱根、御殿場、三島を巡る二泊三日の旅は終わった。
けれど、私の中の「道」は、まだ続いている。




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