④ 長崎・雲仙・天草 Day4|天草の海を巡って ―― 旅の終わりは天空へ

熊本

この海に暮らすイルカたち

 天草の海は静かなコバルトブルーの色をしていた。

そのコバルトブルー色の海に、野生のミナミハンドウイルカが暮らしている。

その数、およそ二百頭。

防波堤を抜け、沖へ出てから数分もしないうちだった。

「お父さん!あそこにいた!ほらあそこ!あそこ!見て!」

船上に、興奮した娘の声が響いた。

指さした先の海面がこんもりと盛り上がったかと思うと、十頭ほどのイルカが一斉に太陽の下へ姿を現した。

娘の興奮は、すぐさま私にも伝播した。

慌ててカメラを向けるのだが、しかし、これがなかなか難しいのだ。

クジラのように大きければ、もう少しシャッターチャンスも多いのだろうが、イルカは小さく、しかもすばしっこい。

「あっ、いた!」

と思ってシャッターを切った次の瞬間には、写っているのは尻尾だけなのである。

船はイルカの群れと並走するように、その進行方向へ合わせて進んでいく。

ところが、イルカたちはしばらく船の近くを泳いでいたかと思えば、

ふっと海中へ姿を消し、しばらく浮かんでこない。

そこは船長も心得たものである。

姿が消れると船を止め、次にどこへ浮かんでくるのかをじっと待つ。

やがて離れた海面にイルカが姿を現すと、今度はその方向へ船を走らせる。

まるでイルカと船との追いかけっこである。

 聞くところによると、このイルカたちは、遠い海から季節ごとにやって来るのではなく、この海域を生活の場としているという。

なぜ、これほど多くのイルカが天草の海に暮らしているのだろう。

資料によれば、その理由の一つが、通詞島と島原半島の間にある早崎瀬戸の環境にある。

海底は起伏に富み、潮の流れも速い。

その潮が豊かな魚を育み、それを求めてイルカたちもこの海で暮らしているのという。

改めて海を見渡しながら、

心から美しい色の海だなと思った。

天草、西の果てへ

 まだ日は高い。

このまま東へ向かってしまうのは、何だか勿体ない気がした。

せっかく天草まで来たのだから、少しでもこの土地を走ってみたい。

そこで予定にはなかったが、海岸線を伝い、西へと車を走らせることにした。

 到着したのは、「西平椿公園」。

車を降りると、看板に「雲仙天草国立公園」の文字があった。

ここへ来て、一つ面白いことを知った。

私たちが昨日まで歩いていた雲仙と、今いる天草、

海を隔てたまったく別の土地だと思っていた二つの場所が、「雲仙天草国立公園」という一つの国立公園でつながっていたのである。

 ところで、当然ながら、冬から早春にかけて咲く椿を見に来たわけではない。

ここには高さ約20mにもなるアコウの巨木があると聞き、それを見にやって来たのだ。

階段を下り始めると、頭上を覆う木々が大きな日傘となり、さっきまでの炎天下が嘘のように、涼しい風が汗を引かせてくれた。

その木々の奥に、まるで森の主のようなアコウの巨木が現れた。

巨大な根は岩を抱え込むように張り巡らされている。

その姿を見て真っ先に思い浮かんだのが、宮崎駿監督の『天空の城ラピュタ』であった。

映画の終盤に登場する、巨大な木の根に抱かれたラピュタの姿である。

もし、あの物語にその後があるのなら、サイズには随分と無理があるにしても、

ここに不時着していても面白いな・・・などと、勝手な想像を膨らませた。

 しばらく巨木を見上げていると、どこからか波の音が聞こえてきた。

「海まで行ってみたい!」

娘は即座に反応した。

そのまま階段を下っていくと、

木々の向こうに、透明度の高い海が広がった。

森の中にいたはずなのに、ほんの少し階段を下りただけで、今度は海である。

「ここまで来たぞ」

そんな旅の印に、鐘を一つ鳴らした。

 車へ戻る途中、もう一度海を眺めると、遮るもののない海が、左右いっぱいに広がっている。

その水平線を眺めているうち、私は娘に一つ話をしてみたくなった。

「見てごらん。右の端から左の端まで海を見てみると、 真ん中が少し高く、曲がっているように見えないかい?地球は丸いから、ずっと遠くまで見ると、本当は少しずつ曲がっているんだよ」

娘は立ち止まり、水平線をじっと眺めた。

しばらくして、

「そうなのかな」

と、ひと言だけ返ってきた。

私の説明が足りなかったのか、それとも、地球があまりにも大き過ぎたのか。

旅の終わりを告げる鐘

 天草のほぼ中央に、「倉岳」という山がある。

標高682m、天草諸島の最高峰だ。

旅の最後は、これまで巡ってきた場所を、できる限り高い所から見渡して終わりたい。

そう思い、目的地を倉岳に決めた。

 西側から山道へ入り、しばらく走ったところでナビを見ると、山頂はもう近いと思っていたのに、到着まで「30分」と表示されていた。

一瞬、目を疑ってしまった。

そこから先は、想像していた以上につづら折りの山道が続き、右へ、左へとハンドルを何度も切り返しながら、少しずつ標高を上げていく。

しかし、その苦労は山頂へ着いた瞬間に報われたのである。

そこは、まさに絶景であった。

とりわけ目を奪われたのが南側である。

 八代海の青い海原には、御所浦島をはじめとする大小の島々が点在していた。

その形は一つとして同じではなく、複雑な島影が重なり合い、地上に二つとない景色をつくり出していた。

私はここへ来てようやく、「天草」という土地の姿を上から眺めることができたような気がした。

さらに先へ歩くと、山頂に倉岳神社の鳥居が現れた。

「天空の鳥居」と呼ばれている場所である。

鳥居はその景色を遮るどころか、まるで一枚の額縁のように風景の中へ溶け込んでいた。

そして、ここにも鐘があった。

これで、今回予定していた場所はすべて巡った。

長崎から始まり、雲仙を越え、島原を巡り、海を渡って天草へ。

随分と遠くまで来たものである。

今度は、旅を無事に終えられたことへの感謝を込めて、鐘を鳴らした。

澄んだ音が、山頂から天草の空へと響いていった。

この旅は、この一度きり

 これは旅前には思いもしない形となったのだが、今回の旅を振り返ってみると、訪れる前と後とで、物事の見え方が変わったことが実に多かった。

それは長崎や天草の地図上の位置であり、そこまでの心の距離でもあった。

島原城もそうだったし、西と東から眺めた雲仙岳の表情もそうだった。

知ることで、同じものがそれまでとは違って見えた。

そんな気付きの多い旅であった。

 実際に車で走り、そして船で海を渡ったことで、これまで日本地図を手書きする時、いつも簡略化して誤魔化していた長崎と天草の形が、今では以前よりずっと具体的に思い浮かぶようになった。

これは私の中では、意外なほど大きな収穫であった。

 さて、 帰りの車の中で、

「それぞれの一番、思い出に残った場所はどこ?」

と話を振った時のことである。

娘はハウステンボスか、イルカウォッチングかで迷っていたが、最終的には、天草の大自然の中で出合った野生のイルカとの並走を選んだ。

妻は長崎の夜景と答えるだろうなと思っていたが、予報に反し「がまだすドーム」を挙げ、自身が過去にテレビで見た映像を重ねているようであった。

私はついさっき上った「倉岳」から見た青々とした海と空と島だと答えた。

こうして、三人それぞれに違う場所が挙がったのだが、何が一番だったかなど、本当はそれほど重要ではないのかもしれない。

名前の挙がらなかった場所も含め、三人で同じ道を走り、同じ海を渡り、同じ風景を見ることができた。

それが、この旅で一番良かったことなのだと思う。

 また私の中で、旅に出たいという気持ちがうずうずし始めた頃、私たちは、どこかへ出掛けるのだろう。

その時には、娘も少し大きくなり、私たちも少し歳を重ねている。

季節も違えば、天気も違う。

同じ場所を訪れたとしても、見える景色や心に残るものは、きっと今とは違っているに違いない。

今年の7月、三人で長崎から天草へ向かったこの時間は、この一度きりである。

きっとこれこそが、旅の魅力なのだろう。

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